頗る非常『カツベン!』レビュー

今年、北海道に4度も公演でおうかがいしたご縁でたいへんお世話になりました、『頗る非常!怪人活弁士・駒田好洋の巡業奇聞』(新潮社)、『明治期北海道映画史』(亜璃西社)の著者であり、元北海道新聞記者の前川公美夫さんより、映画『カツベン!』のご感想をいただきましたが、私のみが拝読するにはあまりにもったいない解説なので、前川先生のご許可をいただき、引用させていただきます。映画『カツベン!』は大正14年が主な時代設定となっています。以下、前川先生より↓

駒田好洋まで出てきたのはびっくりもので、「引退しているはずだ」という判断も含め、時代考証がしっかりしていることは驚嘆ものでした。

「偽物」が出回っていたことについては『明治期北海道映画史』でも紹介したのですが、大正期にも“大物”「目玉松之助」が来ていました。1919年(大正8年)、人気俳優尾上松之助の愛称“目玉の松ちゃん”を芸名にした「目玉松之助」が、尾上松之助本人による「にせものにご注意」といった新聞広告をものともせずに小樽や札幌で何日も公演していたことは、時代が大らかだったことをうかがわせてくれます。偽物でもそれなりの芸を見せていたのだろうと思っていたのですが、当時の新聞には以下のような記事が載っていました。

「演芸総勘定/三/芝居…新劇では…寄席では…巴座の目玉松之助一行の芝居は大火以前は知らず此方来たものでは一番拙(ルビ・まづ)い。」(大正8年12月14日朝刊、函館毎日新聞)

この時期からあとは新聞・雑誌・ブロマイドなどでスターの顔が知られるようになり、偽物商売は成り立たなくなっていったのでしょう。弁士の顔はそこまで知れ渡っていなかったため、大正末期でも駒田の偽物が存在し得たということかと思います(でもばれてしまっていますが)。

青木館が桟敷席、タチバナ館が椅子席というのも、小屋が和風から洋風に変わっていく当時の流れを実によくとらえています。当時におけるキャラメルの意味も、大正4年~15年に森永キャラメルの宣伝映画会が道内各地を回っていたので、うなずけるものがありました。実に上質のエンターテインメントでした。

↑以上、実に上質なレビューをいただきました。前川公美夫先生、この度もまことにありがとうございました!写真はさらに前、大正4年の時代設定である白雲座に現役弁士・楽士大集合!

【12月18日追記】
メルカリマガジン 「周防正行監督の映画作りのすべてが詰まった書庫に潜入
『頗る非常!怪人活弁士・駒田好洋の巡業奇聞』前川公美夫著も、『映画探偵』高槻真樹著も、『活動弁士 世界を駈ける』澤登翠著もありましたね!

頗る非常『カツベン!』レビュー” に対して1件のコメントがあります。

  1. TAKAじい より:

    亀は のろいけどカワイイでしょ。この亀と一緒にあなたの車に乗せておくれよ。え、「同乗するなら亀をくれ!」って?・・・(家なき子?) 前川先生とても専門的見地からご覧になってますね。さすがですね。先日「5時に夢中!」にご出演の周防監督が監督作品内では竹中直人さんの役名が今まで全て「青木富夫」だと言ってました。竹中さんは突貫小僧?だったんですね。。。

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